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坂町指定文化財

高尾山城跡(たかおやま)

高尾山城跡

高尾山城は矢野城(南北朝の初期熊谷四郎三郎直行入道蓮覚の居城)の支城で幕府方である安芸の守護職武田信武に攻められ、建武2年(1335)落城した。その後、蓮覚の弟、直宗が居城したが永和2年(1376)再び落城した。

文安2年1445)野間重能が尾張野間庄より移封以来、この地方の戦国武将としてここを根拠地に活躍し、五代110年続いたが、天文24年(1555)毛利元就に攻められ落城した。

この城は典型的な山城で、山頂の平たん地が本丸でその下方に北と西に向いて出丸が張り出し、また東北側にも、一つの小さな出丸が造られている。高尾山は山頂部分から折半する形で矢野町と境界線をなし、矢野ではこの山を茶臼山(ちゃうすやま)と呼んでいる。

現在、山頂には桜が植えられ、北は海田方面、西は海田湾の向うに広島市街が、南は山越しに瀬戸内海の島々が手にとるように見渡せ、まことに眺望に優れ、標高232メートルと高さも適度で遊歩道も整備され、春秋の行楽には格好の場所となっている。

塔の岡のモッコク(とうのおか)

塔の岡のモッコク

この付近は往時、塔の岡といい、地名にちなんで塔半寺と名づけた寺院が、真言宗の僧霊厳によって創建されたと伝えられ、その後浄土真宗に改宗、西林寺(さいりんじ)と改め元禄元年(1688)現在地に移転した。

このモッコクはその当時から、寺の境内にあったと言い伝えられ、代々大切に保護され今日に至った木である。この木は枝のところから老木特有の樹芯に向かって一部空洞となっている。

モッコクは樹木の成長が遅く、大きくなるのに永い年月を要するため大きい樹木は特に珍重される。椿科の常緑樹で照葉が美しく、樹形端正で品位に富む所から、樹各は庭木の王者と言われ作庭に当たっては真木の位置を占める樹であるとされている。

目通り幹囲1.62メートル樹高12.2メートルで樹の堂々たることもさることながら、西林寺がこの地にあったことの歴史をひきずっていることでも貴重である。

須恵器(すえき)

sueki

この須恵器は昭和35年頃、坂町植田7795-1番地を宅地造成の目的で整地中土中より発見したもので、同地はもと傾斜地で昭和20年の豪雨の際崩壊したものであり、発見当時は石棺が露出し、蓋石があらわれていたということである。このことは県文化財係員が現地調査の上、埋蔵文化財包蔵地調査カードにも記載されているところである。平成6年3月県教育委員会文化課に出土品の鑑定を依頼したところ6世紀中頃、当時祭祀用として使用されていたもので、坂町としては数少ない文化遺品中最古のもので、この時代すでに人が居住していたことの証明として貴重な出土品である。

西林寺の懸仏(さいりんじのかけぼとけ)

懸仏

瀬戸内水軍の総将、河野通信の15代後えい河野正勝という武将が高野山で修行、出家して霊厳と称し、諸国を行脚、塔の岡に塔半寺を建てた際、兜の前立てとして装着していたこの大日如来像を本尊として祀ったと言い伝えられている貴重な伝承遺品で、代々西林寺に奉置継承されたものである。裏面に装着する金具がついている。

西林寺の梵鐘(さいりんじのぼんしょう)

梵鐘

西林寺の梵鐘は無銘ではあるが、戦時中この地方の殆どの梵鐘が兵器の原料資材として供出させられた中、特に文化財として供出を免れたもので、鐘身(池の間)に浮彫りされた優雅な文様は珍しく、その重厚な音色は古来近郷でも有名である。

永い時代、火事、水害等の緊急を村民に知らせ、元日はこの鐘の音で年が明けた。日々の夕刻、入り相いの鐘の音は、平穏な一日の感謝と祈りのよすがでもあり、その音色を通じて、村人の心と通いあった鐘である。

随身像(ずいじんぞう)

随身像

内陣に安置されている随身像は、けやきの一木造りで風蝕、虫食いが著しく由緒は明らかでないが、古い時代の経過を物語っている。創建当初からのものと思われる。

坂雅正会(さかがしょうかい)

坂雅正会

上条の彫刻師林正市氏が、雅楽の音色に興味をもち、雅楽に堪能な師に師事して雅楽を基礎から学び、親族や同業者に教えた。

明治28年に坂雅正会を設立し、技術の向上と後継者の育成を目指しながら習練を積み重ね、町内の諸行事はいうまでもなく、近隣の市町や

県外の寺社にも出向くなどして積極的に演奏活動を行い、その優雅な音色は高い評価を受けている。

日本古来の伝統音楽である雅楽を、坂町で100年以上継承し続けていることは、近隣でも例を見ない大変貴重なものである。

使用楽器

唐楽管弦用三管〔龍笛・篳篥・笙〕、

三鼓〔太鼓・羯鼓・鉦鼓〕、両弦〔楽琵琶・楽筝〕

衣装 狩衣
曲目 越天楽、五常楽等

 平成26年1月11日・12日に東京で行われた「町イチ!村イチ!2014」に出演しました。

六角御輿(ろっかくみこし)

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広島藩主である浅野氏ゆかりの六角御輿は、平成29年に坂八幡神社から町へ寄贈を受け、修復を行った。
また、明治初期から昭和40年代までの約100年間にわたり、坂八幡神社の秋祭りにおいて使用され、先導は天狗の面をつけ、当時の中学生が担いでいた。
この長きにわたり活躍してきた六角御輿は、郷土文化への理解を深め、郷土愛を育む活動の一助となる大変貴重なものである。
現在、坂町町民センター展示室にて一般公開している。

お問い合わせ

坂町教育委員会事務局 生涯学習課 社会教育係

TEL
082-820-1525
FAX
082-820-1523
メ-ルアドレス
syougai@town.saka.lg.jp

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